ベンチャー・リンク時代の仲間の2人。ベンチャー・リンクには感謝!!

竹村:天童社長こんにちは!
この2人が並ぶと結構内輪受けしそうです。
ベンチャー・リンクではほぼ同期です。同じ時期に入って天道さんは8年、僕は10年いてずっとやってきた仲間でした。
今となっては、ベンチャー・リンクが良かったと思っていて感謝しています。

天童:みんなそうだと思います。

竹村:いろいろ間違ったところもあったけど、いろんな理論を学びました。それがなかったら今の仕事ができていないのは事実です。
だけど、内部にいたからどこで少しベンチャー・リンクが傾いたのかが感じるところはあります。
林さんはすごく気になるけどちょっとわからなかったと言っていました。

バブルの象徴!?豪華客船で世界一周

竹村:飛鳥という船に乗ったことがありましたが、あれはバブルの象徴でした。飛鳥という豪華客船を借り切って、FCで儲けた社長などを乗せて世界一周しました。

天童:2000年~2001年でした。

竹村:基本的には家族で乗るものでしたが僕はその時独身で1人でした。1人でずっと豪華客船に乗っていても何にもやることがなかったのですが、そんな船に乗れるということは絶頂期ではあったのですがどうも最近やばいのでは?と思っていました。

天童:船に乗るのには夫婦2人で世界一周する基本料金は1000万円でした。

竹村:あの時にいろいろ考えていました。その前まで牛角がすごい調子が良かったのですが、その次の年は牛角の勢いだけでほかの案件を売った感じがありました。
これは少しまずくなってきたかなと思っていました。

竹村:年頭のあいさつで小林会長が、「我々は企業経営者に対して夢を売っているだけで、それが実現しなかったら大変なことになる」と言っていました。
それを私はよく覚えています。

天童:覚えていないのですが、それはいつぐらいですか?

竹村:2002年くらいだと思います。

可能性で売って成功させる!!FC開発のロマン

天童:基本的に、やったことに対しては絶対いかせる(成功させる)という会社の空気はありました。

竹村:実際いかせて(成功させて)きたものはたくさんあって、ガリバーももともとほとんど赤字でしたがそれでもなんとかしてきました。
ダメなものを何とかする、可能性で売って、それを成功させる、これはロマンがあるし面白かったです。

天童:僕自身はモノを作りたいと思っていました。建築関係もやっていないので、FCでお店がどんどんできていくのが本当に面白かったです。

竹村:FCの開発の仕事というのはそういう面白さがあります。
彼女とドライブをしていても、あのガリバーは俺が作ったと言えます。実際にはお金を出していないしほとんど何もしていないこともありましたし、たまにはFAXだけで決まったこともあるけど、この牛角は俺がいなかったらできなかった、とも自慢もできて、ロマンがあって楽しく仕事ができました。

ベンチャー・リンクでの経験が次に活きているふたり

竹村:天童さんとはあんまり仕事のレビューをしたことはありませんでしたね。
ご飯を食べたことは覚えているのですが。

天童:ベンチャー・リンク時代はプレビューやレビューという文化がありましたが、誰からもやられたことがなかったです。
そういうのをしてもらいたかったです。

竹村:まとまりのない話でしたが、ベンチャー・リンク自体では楽しく仕事をしたことは事実で、その中でいろいろ大変なことも起きたのも事実でしたが、
ベンチャー・リンク時代の経験を次の仕事に活かしている、そんな2人というお話でした。