売買専門の仲介を行うハウスドゥが生まれるまで!

:天童社長、ベンチャー・リンクを退社された後、あの有名なハウスドゥで専務を務められていたと伺いました。

天童:はい、フランチャイズの会社の方の専務でした。

:ハウスドゥはいかがでしたか。

天童:元々ハウスドゥは、京都で数店舗を持つ違う名前の会社でした。

私がベンチャー・リンクにいた頃に、その会社の安藤社長から、1年ほどかけてフランチャイズ化してほしいと持ちかけられました。不動産業界では、住宅の仲介としては売買仲介と賃貸仲介の二つがあります。賃貸の仲介のフランチャイズは、アパマンやエイブル、ミニミニなど有名なものが増えていますが、売買仲介を主としたフランチャイズはその頃は日本にありませんでした。当時からあったセンチュリーも賃貸と売買の両方を扱っていましたので売買専門とは言えませんでした。アメリカでは売買仲介もほぼフランチャイズになっており、リマックスやコールドウエルバンカーなどの多数の会社があったので、日本でも同じようなものを作りたいという話を頂いて、私は不動産のことはほとんどわかりませんでしたが、フランチャイズに関しては8年ほどの経験があったので、「では行きます」とお答えしました。

:売買専門の仲介をやりたいという段階になって天童社長が参画されたのですね。ではかなりフランチャイズのことを整えたのではないですか?

天童:事務員さんをつけてもらうなど、色々お力添えを頂いて取り組みました。

:その結果、ハウスドゥさんは上場しましたね。

天童:上場は、僕が辞めて6~7年経ってからですが。

ハウスドゥが他と違うところはどこだったのか?

:ではその基礎を築いたと言えますね。やはりハウスドゥのすごいところは、他に先駆けて売買を専門に仲介を行ったことでしょうか。

天童:売買仲介を扱うチェーンが、他には札幌に小さな会社がある程度で、メジャーなものがなかったということと、やはり安藤社長の不動産の対しての考えがその当時では非常に斬新だったことだと思います。

:どのような考え方ですか?

天童:業界用語で、売主と買主の両方から手数料を貰うことを「両手」、どちらか片方から貰うことを「片手」と呼びます。例えば1億円の不動産なら、売主と買主の両方を自分で見つけた「両手」であれば、3パーセントにあたる300万円プラス6万円を売主と買主の両方から貰えるので612万円が入ってきますが、買主だけを見つけた場合は片方からしか手数料を貰えない「片手」の状態で、306万円の収入だけになってしまいます。そのため従来の不動産会社は、良い物件を預かると隠してしまっていたのです。そのようなことをせずに、すぐに全ての物件をオープンにして、売主にとっても買主にとっても良い物件の情報を早く提供するべきだという考えを安藤社長は持っていました。

:とても良心的な社長さんですね。

天童:会社の状況などもあるので、全ての場合でそうするわけではありませんが、その考え方は不動産業界の人にとって斬新だったと思います。

:ハウスドゥはその理念に基いていたことと、売買専門の仲介会社の先駆者だったことで高収益を上げて大きく成長したということですか。

天童:フランチャイズの開始当時は、元々不動産の仲介をやっていた既存の不動産会社さんが13万社程あったので、センチュリーが行っているのと同じ方法で、そのような会社に看板だけフランチャイズしてもらうという形でスタートすることを考えました。僕が入社したのが8月で、翌年の4月ぐらいまではパッケージを作るなどのフランチャイズ化するための準備を色々と進めて、既存の不動産加盟店さんの看板替えを狙ってスタートしたのですが、第一回目の説明会で70社ほどが来たものの、結局1社も決まりませんでした。

:簡単に儲かるわけではなかったということなんですね。

天童:営業系のフランチャイズなので簡単に儲かるものでもないのですが、その時にこれはやはりターゲットを間違えたと考えました。

:そこから色々な試行錯誤があったのですね。ではそのハウスドゥでどのような形で流行るようにしていったかと、その後について次回教えていただけますか。

天童:はい。